傍目にはいかに本物と見えようとも、やはり本物であることを御理解下さい。
この言葉は日本の前衛芸術家、赤瀬川原平が1967年に制作した「大日本零円札」を発行する際に添えたものである。生前、赤瀬川は複製である紙幣がすべてオリジナルであることに疑問を抱き、「模型千円札」など紙幣作品を制作した。デジタルデータも紙幣と同様に複製が可能だが、オリジナルであることを証明することは難しかった。しかし、「大日本零円札」の発行から50年後の2017年にイーサリアムのブロックチェーンで後に「クリプトアート」と呼ばれるものが登場する。クリプトアートとはブロックチェーン技術を用いてデジタルデータに非代替性のオリジナルを鋳造する新しい芸術である。この芸術はかつて赤瀬川が抱いた疑問を今日的な視点で再考できるだろう。
高度情報化の最果てである現代、私たちの社会は自身の思想・信条(それを正義と置き換えてもいい)が居心地よく通じる閉ざされたコミュニティのみで活動が成立する分散型社会となった。反りが合わない他者とは関わらなくとも生きていくことが可能な社会である。これはある種、膨大な量の秘密結社が乱立している世界観であり、どのコミュニティも外部のコミュニティの状況が観測しにくく、結果として誰もソースを検索できない深層Webにも似た陰謀論が巨大なクラウドとして世界を覆っている。皮肉にも情報を求め過ぎた私たちは情報の津波に溺れ、前時代の人々よりも情報に触れない人間となってしまった。これは、世界が多くの暗号に包まれているようなものである。
2000年代、アメリカにおいて日常世界をゲームの一部として取り込み現実と仮想を交差させる体験型の遊び「代替現実ゲーム」が登場する。この文化は2010年代、日本においてリアル謎解きゲームとして流行するが、共通する特徴としてプレイヤーが暗号的な断片情報を謎解きながら日常世界のゲームをリアルタイムに進めていく。この代替現実ゲーム(リアル謎解きゲーム)は2020年代、下火になっていったようにみえるが、実際はそうではなく現実と仮想が交差し過ぎたコロナ禍の現代において、情報のオーバーフローを起こした日常世界全体が暗号的な断片情報に溢れた代替現実ゲーム化社会となっている。これが今日の社会における「新しい日常」の正体である。私たちはコロナ禍の社会で非接触の時代を生きているが、実際は身体の非接触ではなく情報の非接触であり、私たちは真の情報に触れられなくなった世界を旅している。
この陰謀論とポスト真実に溢れた代替情報化社会を生きる私たちは2020年代、イーサリアムのブロックチェーンで流通する「非代替性トークン」に真の情報を求めるようになった。非代替性トークンは情報として他と代替できない唯一性を持つためデジタルデータに固有の価値を付加できる。この非代替性トークンは主にブロックチェーンゲームでのアイテム売買に活用されているが、デジタルアートの価値付けにも転用されそれらはクリプトアートと呼ばれている。アメリカのゲームスタジオ、Larva Labsが2017年に制作した「CryptoPunks」はイーサリアムのブロックチェーンで鋳造された世界初のクリプトアートとされる。この「CryptoPunks」が美術様式としてピクセルアートであることは非常に示唆的で、何故ならば極論としてすべてのアートはピクセルアートなのである。つまり、絵画や彫刻など、この世界に生み出されたすべての芸術、いや、芸術だけではなくすべての質量の原初的なオリジナルは素粒子という最小情報である。そのオリジナルを格納している器が様々な姿形でこの物質世界を構成している。1ピクセルの画素もまた最小情報であり、それが解像度を上げて情報を複雑化させ様々なアートを創造しているが、これは今日の社会における膨大な量の情報に溢れた状況に似ていて、私たちはその複雑化した非接触の代替情報から触れられる真の情報へ、次のステージへの新しい物語を書き進めるべきである。日本のアートスタジオ、EXCALIBURは日本の神話や物語を引用したピクセルアートを駆使して、その触れられる真の情報を謎解くため積極的に活動している。以前からデジタルデータのオリジナルに関心を深めていた現代美術家がクリプトアートのステージに進んだのは当然の流れに感じる。情報と交差し過ぎた現代社会において原初的なオリジナル、真の情報に触れるためにピクセルアートは批評的に機能する。
Twitter、Facebook、Instagram、YouTube、その他なんでもいいが、そのすべての情報は複製可能で15分後にはすべて代替される。膨大な代替現実ゲームの量の時代から固有の非代替性トークンの質の時代へ、クリプトアートは今日の分散し切った暗号社会の新しい物語となる。フランスの芸術家、フィリップ・パレーノとピエール・ユイグが1999年に開始した「アン・リー」は日本のアニメーション会社からキャラクターのオリジナルである版権を買い取り、様々なアーティストにその器となる作品制作を依頼した。一連のプロジェクトは「No Ghost Just a Shell」と呼ばれミレニアム社会を反映した非常に空虚な物語であった。クリプトアートはデジタルデータに固有のオリジナルを与える。これまで複製される器でしかなかったイメージたちが史上初めて「Ghost」を得た。クリプトアートの囁きはまだ始まったばかりである。
真名井良秀 / EXCALIBUR